オーディオ機器は、音楽を聴くための道具です。良い音で音楽を聴くために、いろいろな事を考え、お金と労力を注ぎ込むわけです。でも、結果的に良い音が聞けるかどうかは、やってみないと分かりません。それどころか、違うオーディオ機器を使って、違いが分かるか、と言うと、往々にして疑問があります。趣味としてのオーディオは、他に人に迷惑をかけず、自分で納得している限りは何をしてもよいのですが、あまり疑わしいことを言うのも問題かも知れません。たまに、常識を振り返ってみるのも無意味ではないように思います。
PC関係のウェブサイトで、こんなテストがありました。PCオーディオとして、DAコンバーターの聞き比べをする、というものです。
http://www.tomshardware.com/reviews/high-end-pc-audio,3733.html#xtor=RSS-182
結論は簡単で、2ドルのオンボードのDACと、2000ドルの高級なDACでは、機能的には違うけれども、音は聴き分けられない、というものです。
これは、オーディオの世界にどっぷり浸かっている人には驚くべき主張で、「嘘だ、きっと何かが間違っている」と思う人が多いだろうと思います。でも、オーディオの二重盲検テストの事をある程度知っている人には、ほとんど予期される結果です。機器の切り替えについて被験者が全く知らず、厳密に音量レベルを合わせた場合には(これは必須条件)、オーディオ機器の聞き分けは難しい、というのは、音響心理学の常識です。具体的には、
(1) 部屋、スピーカーの違いは大きいので、聴き分けられる。(周波数特性が大きく違うから。)
(2) アンプについての聞き分けは、一定以上の性能があるもの同士については、まず聴き分けられない。
(3) いわゆる「ハイレゾ音源」とCD音質(16bit, 44.1kHz)は、音源(マスタリング)が同じなら、まず聴き分けられない。(JAESの論文)
DACについては、二重盲検テストをしたと言う話は読んだ事はないですが、アンプに準ずる(あるいはそれ以上に影響が少ない)と思われます(ケーブル等について、二重盲検テストをした、と言う話は聞いた事がありません)。アンプのパーツについては、かなり前にMJにブランド・テストをした記事がありましたが、聴き分けられているような結果ではありませんでしたし、サンプル数が少なくて、統計的に何か言えるようなものではありませんでした。「きちんと設計されたアンプの違いは、聞いても分からない」というのは、真空管アンプの世界で極めて尊敬されていた、故・武末数馬氏の長年の主張でした。また、20世紀の最も有名なオーディ技術者のひとりであるPeter Baxendall氏も、同様のことを書いています。
アンプについては、古いタイプの真空管アンプのように、周波数特性やスピーカーの過渡特性が変わるほど出力インピーダンスが高いものは聞き分けが可能かもしれませんし、シングルアンプの場合は、聴き分けられる下限と言われている1%を超える歪みのものも少なくないので、聴き分けられる可能性があります。しかし、これらは「性能が特に悪いから分かる」と言う範疇なので、(一種の音質調整装置として)別に考えるべきでしょう。個人的には、「エントリー」と言われる3万円台のアンプ以上のレベルでは、聞き分けは難しいのではないか、と思っています。CDプレーヤーについても、現在の技術レベルでは、単体のプレーヤーの違いを聴き分けられるか、というと、疑問に思います。
だからといって、高価なアンプやプレーヤー、DACが無意味だとは思いません。趣味としては興味深いですし、私自身も、労力、お金をかけています。でも、やはり「一聴して分かるほど、音が大きく違う」というのは疑問ですし、そのようなことを主張している文章、特に、「この値段にしては音が良い」と言う、よく見かけるオーディオ機器のレビューは、一定の保留を持って読むべきだろう、と常々感じています。「高いオーディオ機器は良い音がする」と言うのも(スピーカー以外については)神話かもしれません。