2017年10月15日日曜日
Elekit TU-8600 (1) 回路
先日限定発売された、エレキットの300Bシングルアンプキット、TU-8600を購入しました。エレキットさんの最近の真空管アンプキットは、回路が面白いので、到着して最初に回路図を拝見するのが、とても楽しみです。今回の300Bシングルも、いろいろな見所があり、また真空管アンプではあまり用いられない(秋月電子などでも見かけない)素子が多く使われていて勉強になります。回路図は公表されていないようなので、あまり詳細(定数など)を書かない範囲で、回路を見て興味深く思った点などを説明してみます。
増幅回路:増幅回路自体は、公表されている通りに、比較的保守的な設計です。チャンネルあたり12AX7の片ユニットが電圧増幅段の初段に使われ、2段目(ドライバー段)が12AU7、両ユニットのパラレルとなっています。電圧増幅段には局所負帰還(マイナーループ帰還)がかかっています。出力段は(もちろん)300Bのシングルで、バイアスはグリッドにかかっていますが、定電流回路なので、一種の自己バイアスと考えられます(後述)。出力トランスに3次巻線があり、カソード負帰還がかかっています。段間の結合は、すべてCR結合で、直結段はありません。
ゲイン、負帰還量を回路図から大雑把に計算して見ると、電圧増幅段のオープンゲインは720倍、クローズドループ・ゲインは500倍程度で、局所負帰還は約3dBと計算できます。出力段のバイアス電圧(の目安)は-65Vと書いてありますので、0バイアスまで振ったとして入力電圧は46Vrmsになります。出力トランスの3次巻線の仕様が分からないので、カソード負帰還量は計算できないのですが、常識的に考えて2次巻線と同じ巻き数とすると、(最大出力9.2Wを用いて)負帰還量は約1.5dBと計算できます(かなり少ないです)。メジャーループの負帰還量は、だいたい6dBくらいに見えます。すると、トータルの負帰還量は約10.5dB、出力段には約7.5dBの負帰還がかっている見当になります。でも、机上の計算ですし、定格入力は320mVとなっているのですが、この計算では200mV強で最大出力になります。出力段の動作点の検討もしていませんし、何か仮定に大きな間違いがあるかもしれません。真空管の特性のバラツキもあるので、あくまで目安程度の計算です。
何はともあれ、保守的で負帰還量も少なく、安定した動作が期待できる回路と思います。位相補正のための素子も見当たりません。一方、このくらいの負帰還量であれば、十分に低い出力インピーダンス(高いダンピングファクター)も期待できます。歪みについては、測定してみないと何とも言えないと思いますが、ドライバー段と出力段のひずみの打ち消しも考慮してマイナーループ帰還やカソード負帰還を設定しているのかもしれません。
バイアス回路:300Bのバイアス回路は、ホームページでも公表されている通り、プレート側で電流量の検出をしています。出力トランスの電源側に直列に挿入された47Ωの抵抗で検出された電圧は、高耐圧フォトカプラーEL851(Everlight)を通してバイアス回路に伝えられ、300Bを(時定数の大きな)定電流回路として動作させる形になっています。電流検出回路には、低電圧シャントレギュレーターLMV431も(定電圧源として)用いられています。ちょっと面白いのは、300Bのグリッド抵抗に直流電流を流しており、マイナーループ帰還の負帰還抵抗を通じてアースに戻していることです。この電流量をコントロールしてグリッドバイアスを変化させています。(したがって、マイナーループの負帰還を無くそうとして、単に負帰還抵抗を外すとまずいことになります。)
電源回路:電源回路は、最近のエレキットの真空管アンプの例に漏れず、とても凝ったものになっています。まずA電源(ヒーター、フィラメント)は、すべてショットキーバリア・ダイオード・ブリッジRBA-406B(新電元)で整流されたあと、MIC29302 (Microchip)を用いて安定化されています。電圧増幅段のヒーター回路は、(慎重にも)12AU7のカソード電圧でヒーターバイアスをかけています。一方、300Bのフィラメント電源回路については、MIC29302のenable端子をフォトカプラーEL851を通して12AU7のカソードに繋いで、12AU7が立ち上がった時点でフィラメントをオンにするように設定してあります。
B電源(プレート回路)については、左右チャンネルが、整流回路以降で完全に独立した回路になっています。275Vの電源トランス巻線出力は、まずHER208 (Rectron)のブリッジ回路で整流されます。HER208の「HER」はHigh Efficiency Rectifierの略で、データシートを見ると高効率ダイオードとして売られているようですが、逆回復時間は75nSとなっているので、ファーストリカバリーと言えないこともありません。各チャンネル100μFの整流コンデンサーを経て、高耐圧バイポーラー・トランジスター FJPF13007 (Fairchild)と高耐圧MOS-FET NDDL01N60Z (ON Semi)を用いたリップルフィルターに入ります。電圧配分が微妙で、ちょっと見では分かりにくい回路ですが、基本的には2段のRCフィルターとMOS-FETを通して(あまりhfeの大きくない)パワー・トランジスターのベース電流をコントロールしてリップルフィルターを構成しているようです。このリップルフィルターの出力が(バイアス回路を経て)出力トランスに入力されています。一方、電圧増幅段には、高耐圧3端子レギュレーター LR8N (Microchip)を通して安定化された電圧が供給されています。LR8というのは450Vまでの入力を許す高耐圧な3端子レギュレーターですが、出力電流量は20mAに制限され、入出力電圧差は20V必要という、面白いICです。真空管アンプでは、いろいろと使い道がありそうです。少し気になるのは、ここに用いられた回路では、あまり大きなリップル量の減衰は期待できないので、キャパシターをADJ端子に入れた方が良いのではないのか、という点です(不要と判断したのかもしれません。また、このように便利な素子があるのであれば、出力段もLR8とパワー・トランジスターで安定化しても良いのではないか、という感じも受けます。可能であれば、設計者に教えて頂きたい気もします)。さて、初段のプレート電源は、さらにRCフィルターを通して供給されます。
C電源(バイアス電源)は、HER208を用いた両波倍圧整流の後、これもLR8Nで安定化されてバイアス回路に供給されます。
全体に、真空管アンプでは見たことのないほどガッチリとした電源回路で、ローノイズを追求しているのがよく分かります。作って見て、どんな感じになるのか、楽しみです。