2011年2月1日火曜日

Douglas Self: "Small Signal Audio Design"

オーディオの本を、何冊か入手しました。Amazon.comに注文したところ、大判の辞書の様な本がどさっと届いて、ちょっと驚きました。その内の一冊が、Douglas Selfの書いた、"Small Signal Audio Design"という本です。


Self氏の書く本は、どれもデータに基づいて、rigorousに(ゴリゴリと)回路を解析していて、とても読み応えがあります。単に読み物としても(こういう事に興味があれば)楽しめます。

まだ読んでいる途中なのですが、面白いと思った事をいくつかメモしてみます。

この本では、低レベルのオーディオ回路についての、実践的な解析をしていて、低歪み、低雑音を追求しているのですが、その目標は、(もちろん「良い音」ではなくて)信号源の内部抵抗から発生するジョンソン・ノイズによる限界のようです。歪みについては、もちろんゼロを目指す訳ですが、現実的には、現在入手できる最良のOpアンプで実現できる値、0.0005%辺りを目処にしているようです。(驚くべき事に、この値は、現在100円程度で入手できる5532での値です。)それには、優れた測定器が不可欠で、彼は(AP1に始まる何代かの)Audio Precisionの測定器を用いています。彼の本とAudio Precisionの測定器は、不可分な印象を受けます。Audio Precisionの測定器は、最近のハイエンド・オーディオの価格を考えれば個人でも買える範囲かも知れませんが、普通の人は買わない値段のものです(小型の自動車と同じくらい・・・)。もちろん、Self氏はプロなのですが。

第2章では、受動素子についての説明をしています。抵抗については、金属薄膜抵抗か巻き線抵抗以外は、性能的に考えられない、という事を、実際に表面実装の厚膜抵抗の測定を交えて説明しています。カーボン抵抗や酸化金属皮膜抵抗は歪む、測定可能なレベルで歪むのです。データとしては知っていても、実際に測定値で示されると納得してしまいます。

第2章の後半は、オーディオマニアの大好きな話題、コンデンサーについての話です。 ここでの結論は簡単で、C0Gのセラミック、スチロール(ポリスチレン)、ポリプロピレンのコンデンサーは歪まない、ポリエステルのコンデンサーは測定可能なレベルで歪む、電解コンデンサーは大幅に歪む、という事の様です。(強誘電性のセラミックについては言及されていませんが、明らかに論外でしょう。マイカは、やはり高価すぎて現実的でないのだと思います。最近表面実装で増えているPPSについての測定も、残念ながらありません。)

一方、では電解コンデンサーは駄目かと言うと、 「信号電圧が(コンデンサーの端子間に)掛からない」用途では問題ない、という事を主張しています。つまり、デカップリング、カップリング用途には、容量を十分大きく取れば、信号帯域ではコンデンサーの両端に信号電圧が掛からない、したがって歪みは発生しないので問題ない、と主張しています。この「容量を十分大きく取れば」と言うのがポイントで、帯域幅から決まる常識的な値より、かなり大きく取る必要があり、そうでないと実際に測定可能な歪みが発生する事を、実証的に検討しています(素晴らしい)。また、これらの測定値には、コンデンサーのブランドや耐圧はほとんど(あるいは全く)無関係である事も指摘しています。ブランドはともかく、耐圧も性能にほとんど関係しない、というのは、ちょっと驚きました(彼も意外だと書いています)。

何れにせよ、電解コンデンサーは時定数が関わる部分には使うべきではなく、C0Gセラミックかポリプロピレンを使うべきだ、という事のようです。すると、スピーカーのネットワークに電解コンデンサーは使えない訳で、使うとすれば、歪みを許す、あるいは歪みを「味付け」として好む、という事になるのかも知れません。

第4章ではOPアンプについての解析をしています。これについては、彼のウェブページにもありますし、それほど目新しい事はなかったのですが、比較的新しいオーディオ用OPアンプであるLM4562の測定が載っていて、興味深く読みました。全般に、(これも彼のこれまでの著作を知っていれば目新しくはないのですが)コモンモードの入力による歪みに注目し、無視できない事、品種によって大幅に異なる事を指摘しています。

第4章の結論は、これも簡単で、いまだに5532/5534は最高のオーディオ用OPアンプである、という事のようです。LM4562は、使い様によってはより低雑音、低歪みだが、電流雑音が多め。AD797は、(よく知られているように)ハイスピード、低雑音だが、その真価を発揮するには信号源インピーダンスが低い事が必須であり、また高価。FET入力のOPアンプとしては、安価なTL072よりは、OPA2134は確かに高性能で、サーボ回路に適している。OPA627は(FET入力のOPアンプとしては)確かに高性能(5532に匹敵する)だが、極めて高価(それでも、実用上も5534の方が低雑音らしい)。OPA627について注目すべき事は、コモンモード入力による歪みの増大が少ない、と言う点のようで、興味深いものがあります。他の「オーディオ用」とされているOPアンプや、高精度OPアンプ(のオーディオへの応用)については、かなり批判的です。

後の方の章を拾い読みした中では、MMフォノイコライザーの入力負荷抵抗(標準的には47kΩ)のジョンソン・ノイズが無視できないので、それを低減する回路、というのには唸ってしまいました(Self氏のオリジナルではないようですが)。

Self氏の本を読んでいると、なんとなく武末数馬氏の文章を思い出します。きっと、同じように頑固なエンジニアなのでしょう。現在の日本の人では、黒田徹氏が、雰囲気がちょっと近い感じもします。