2011年2月13日日曜日

Douglas Self: "Small Signal Audio Design"(続き)

この本の目的は、Hi-Fiオーディオではプリアンプの設計、プロ・オーディオではミキシング・コンソールの設計にあるようですが、日本語で読める普通のオーディオの本とは、全く違った印象を受けます。単純に見える多くの事柄、例えばボリュームの調節、が、極めて解決の難しい問題であることが説明されます。バランス接続の優位性について説明されているのはもちろんなのですが、なぜバランス接続がアンバランス接続よりノイジーか、それはどのようにして最小限にすることが出来るか、という事が論じられます。

日本のオーディオの本とは、ほとんど対照的に見えますが、読んでみると極めて正統的な議論です。カップリングコンデンサーとして電解コンデンサーを用いる事についての議論は、その典型です。部品のブランドによる「音の良さ」を(客観的基準のない)主観批評で論じているオーディオ雑誌等の主流の議論に対して、「歪みを減らすには、電極間に信号電圧が発生しないように、十分に容量を大きくする事である」という議論は、驚くほど明快で説得力があります。

なぜこれほど違うのか、と考えると、ひとつには、彼の本は「読者のレベルを想定していない」という事があるように思われます。いまの日本のオーディオの本、雑誌等を読むと、「読者のレベルがこの位だから、こういう風に説明してあげましょう」という雰囲気があります(昔は違ったような気がします)。では、もっと高いレベルの技術がその先にあるのか、と言うと、「ウェスタンの球を使うともっと音がいいけど、初心者だからこの位の値段の部品ね」という話だったりします。もちろん、初心者が配線しようと、ウェスタンの抵抗を使おうと、ジョンソン雑音は同様に発生しますし、「読者に合わせて書く」というのは、技術的な記事としては夢がない気がします。想定している技術レベルの目標が低いのかも知れません。だから、ありきたりなオーディオの本を読むと、「こんなふうに作れば十分なのか、大した事ないな、(部品に注ぎ込む)金次第なのかな」という印象を受けるのに対して、Self氏の本を読むと、類書に比べて遙かに多くの事が書かれているのに、「まだまだ先がある、どういう改良をすることが出来るのだろう、(試作をしたり、測定したり)もっと調べる必要がある」という読後感を持ちます。自分が設計をしていく上で必要となった事柄を、そのまま書いている、というふうにも見えます。

何はともあれ、とても楽しめる本です。文章も読みやすく、(イギリス人らしく)ユーモラスな部分が少なくありません。理論的な話もあるのですが、主体は具体的な回路設計、測定値の話です。たくさんの回路や測定値のグラフが出て来るので、読んでいて飽きません。プリアンプというのは、あまりリソースを必要としない(つまり、お金が掛からない)機械なので、いろいろ試してみるのに好適な気がします。機能を欲張らなければ、部品代1〜2万円で、かなり高性能なプリアンプが作れるはずです。少し、プリアンプを作ってみたくなってきました。