ラックスマンから、MQ-88uというパワーアンプが発売になる、という記事を読みました。MQ60を「デザインモチーフに置いた」という事で、確かに、よく似たデザインです。また、KT-88の三極管接続というのも、50C-A10の代替としては理に適っている感じもします。でも、ちょっと考えさせられる所があります。
振り返ってみて、「日本の真空管パワーアンプの最盛期を代表するモデルを挙げろ」と言われたら、私はラックスのMQ60を挙げたいと思います。(ラックスMQ36やテクニクス30Aを挙げる向きもあろうと思いますが、真空管OTLはちょっと特殊な感じがします。)MQ60は、長い期間にわたって、キット形式のKMQ60と共に人気のあるモデルでしたし、未だに愛用している人も少なくないのではないかと思います。なぜMQ60はそれほど特別なのか、というのは、無意味ではない問のように思われます。
MQ60を特別なものとしている要素、僕の中ではMarantz 8BやMcIntosh MC240に対抗できるほどの強い印象を得ている理由は、次のふたつにあると思います:
1. 50C-A10という傍熱型三極管を出力管に用いていること。日本のオーディオの世界では、「三極管信仰」と言ってもおかしくないほどに、2A3を代表とする三極出力管に対する人気が高かったようです。欧米では、「近代出力管」とはビーム四極管(あるいは五極管)の事で、近代的(傍熱型)三極出力管というのは、ついに作られなかったようですが、日本独自の出力管として、6G-A4, 6R-A8, 6C-A10, 50C-A10, 8045Gなどが開発されました。その中でも、50C-A10は、(現在から見ると)手頃な許容プレート損失と低いプレート抵抗を持ち、高級オーディオアンプの出力管として、優れた設計であったようです。(余談ですが、50C-A10は内部で三極管接続された四極管です。)善かれ悪しかれ、日本独自の傍熱型三極出力管を用いている点が、MQ60を真空管パワーアンプの歴史の中で独自のものにしている要素である事は間違いないと思います。他には、(一部では名機とされている)プリメインアンプSQ-38Fも50C-A10を用いています。このような指向は、実は、比較的少ない負帰還で必要充分なダンピング・ファクターを得る、という現代の真空管アンプに通じるものがあり、あまり古さを感じさせません。(回路設計や部品の選択には、時代を感じさせる部分もあるのですが。)
2. シャーシデザインの秀逸さ。これは、もしかしたら定評なのかも知れませんが、優れたデザインの多いこの時期のラックスのアンプの中でも、MQ60は出色の完成度を誇るデザインであると私は思います。個々の部品のデザインが既に突き詰められており、それを美しく配置して構成的な美を演出する、という点で、優れて近代デザインの理念に沿ったデザインであると思います。ラックスは、もともと高級部品メーカーである、という歴史も反映されているのでしょう。特に、OY-15型の出力トランス、OY-14型のチョークコイル、伏型の電源トランスのそれぞれの美しさ、デリケートな配置は、本当に感心させられます。MarantzやMcIntoshの、四角の箱を一列に並べてニートにまとめたデザインよりも、はるかに高度なものであると思います。
全体としては、左右対称に近いシャーシのデザインですが、かなり微妙なバランスの上に成り立っています。それは、MQ-88uのデザインが、よく似た配置ながら全く違う印象を与える事で、かえって良く理解できます。出力管を前面に出してデザインの中心としている訳ですが、2本の出力管の間隔は、熱設計としては明らかに狭すぎます。 MQ-88uでは、(KT-88の管径が大きい事もあるとは思うのですが)より常識的に出力管同士の間隔を広げており、そのためにMQ60の繊細な印象が失われています。また、MQ60では初段管が電源トランスに接して配置されており、雑音の点で不安を感じる部分もあるのですが、デザイン上は「これしか無い」と思わせる説得力があります。ここも、MQ-88uでは、より常識的な配置に変更されています。
このように、MQ60のデザインは、決して技術的な必然で決まったものではなく、デザイン上の強い「意志」によって作られたのものであるように思います。現在の製品で、このような強い意志、拘りを感じさせるのは、Appleの製品です。この時期のラックスのアンプのデザインには、Steve JobsのAppleに通じる、強いパーソナリティが感じられるのです。SQ-38Fや、ラックスキットのA3500にも、同様のデザイン上の強固さを感じます。 多分、このような強い個性というのは、歴史の中に例外的に表れ、模倣しようとしても模倣できないものなのかも知れません。
MQ-88uも、たぶん良いアンプなのでしょうけれど、デザインに突き抜けたものが感じられないのが、ちょっと残念です。アマチュアなら、50C-A10の代替にKT-88を用いるのも良いのですが、メーカーが復刻を目指しているのならば、どうにかして(中国のFullMusic等での)50C-A10の再生産を手配して欲しかった所ですし、少なくとも、デザインを考慮して直管型の6550等を用いて欲しかったです。(KT-88のブランドイメージも販売上は重要なのかも知れませんし、技術的な理由でJJのKT-88を選択したのかも知れませんが。)
趣味としての真空管アンプには、いろいろな方向性があると思うのですが、MQ60の様な、デザイン的に突き詰めた完成度を目指す方向性も(高い目標ですが)あるかも知れません。