スピーカーの自作をしていると、マルチアンプシステムの理論的な優位性をどうしても意識します。しかし、現時点では(コンスーマー向けの)マルチアンプ用の製品というのは、本当に「ハイエンド」で、極めて高価になります。一方、PA向けでは安価な製品も少なくなく、dBxやBehringerのPA向けの(安価な)製品を利用している人も多いようです。チャンネルディバイダーについてはBehringerやdBxで良いとしても、(複数必要な)メインアンプが問題です。コンスーマー向けの「メインアンプ」は高価なものしか無く、プリメインアンプをメインアンプとして利用する方が現実的なくらいです。そこで、PA/スタジオ向けのアンプはどうかというと、ほとんどのものは冷却ファンが有り、家庭のオーディオ向きとは言えません。
いろいろ見てみると、オーディオ用に使えるPA/スタジオ向けのファンレスのアンプとして、BehringerのA500、あるいはAmcronのD-45/D-75などが、(ネット上では)人気があるようです。特にA500は、極めて安価です。現時点で、サウンドハウスでは2万円を切っています。
http://www.soundhouse.co.jp/shop/ProductDetail.asp?Item=181^A500^^
大型のトロイダルトランスを使用した125Wx2(8Ω)のアンプとしては、信じられないほど安価ですが、品質管理の低さなど、賛否両論が有るようです。(音についても、当然予想されるように、賛否が分かれています。)
では、いったいどんな回路のアンプなのかと調べてみると、(非公式ですが)回路図が見つかりました。
http://user.faktiskt.se/bomellberg/A500/behringer_a500_single_channel.png
また、類似のアンプの回路として、QSC RMX 1450の回路も見つけました(これは公式)。
http://www.qscaudio.com/support/library/schems/rmx1450.zip
なにやら、見慣れない回路です。分かりにくいのですが、よく見てみると、(現在の)普通のオーディオ用のアンプとは、全く異なるトポロジーです。
基本的には、OPアンプの入力段の次に、インバーテッド・ダーリントン接続されたバイポーラー・トランジスターの出力段があるのですが、これは、エミッター接地(コレクター出力)になっていて、なんと電源レールをドライブしています。つまり、電源はフローティングで、中点は接地されていません。出力端子は正負の電源レールと大容量のコンデンサーで接続されていて、このコンデンサーは電源整流用と出力コンデンサーを兼ねています。したがって、原理的にACアンプで、直流は出力できません。もはや廃語ですが、OCL(output condenser less)ですらありません。フローティング電源ですから、当然LRは独立電源になります。なんとなく、真空管OTLアンプを連想させる、古典的なムードの回路です。
コレクター出力なので、出力段自体の出力インピーダンスは高く(したがって帯域は広くなく)、OPアンプ(NJM4580)のゲインによる深いNFBで性能を確保しています。安全性の高いACアンプ構成、高ゲインのOPアンプに、位相余裕を十分見込んだ位相補正をかける、という、「広帯域、ハイスピード」と正反対の設計です。QSC RMX 1450も同様のトポロジーなので、ひとつの標準なのかもしれません。
ここまで家庭用のアンプと違う回路設計だと、音質的にも違うことが十分予想できます。好奇心を強く刺激されるアンプです。安価だし、オモチャとして弄りがいがありそうです。
ちなみに、Amcron(Crown)のD-75の回路図も見つかりました。こちらは、電源の中点が接地された、もう少し普通の回路です(OCLです)。
http://www.saturn-sound.com/images%20-%20cct%20dia/crown%20dc75%20-%20stereo%20power%20amplifier%20-%20cct.gif
もっとも、入力段はOPアンプで、PNP, NPNのトランジスターによる電圧増幅段に続いて、非対称3段インバーテッド・ダーリントン接続の準(!)コンプリメンタリーSEPP出力段、NFBはDC100%帰還という、古典的な高ゲイン回路設計です。保守的というより、本当に昔の、素子の性能が低かった時代の設計に見えます。(生きた化石、という風情です。)これもまた、興味深い存在です(Behringerに比べると、少し価格は上がりますが。)