2010年11月26日金曜日

あらまほしき真空管アンプ

(数年前、もう閉めてしまったブログに書いた文章です。 散逸しそうなので、メモ代わりにここに転記しておきます。)

真空管アンプの製作と言うのは、おかしな趣味で、それを使って音楽を聴く事以上に、いろいろな真空管を使いたい、面白い姿のアンプを作りたい、という動機に動かされていたりします。だから、「こんな真空管を使うと、こんなアンプが作れるのではないか」とか、「この真空管からはどんな音が出るんだろう」とか考える訳です。また、「修行」という感じもあり、小さくて簡単なものから初めて、だんだん大きな、高度なアンプを作って行く、というプロセスを踏む必要がある様な気がしたりもします。

しかし、改めて、「作る」という側面を忘れて、本当に手元に置きたいアンプを考えると、実は幾つかに絞られてきます。僕にとって、それはどんなアンプだろう、と(ろくに作ってもいないのに)考えると、意外なアンプ像が浮かび上がってきました。本当に使うためのアンプ3種類と、真空管を取り替えて楽しむためのアンプ2種類、というのが最後に残ったものでした。

(1)実用のためのアンプの第一は、300Bのプッシュプルアンプです。

300Bは、Western Electoricのあまりにも有名な古典的真空管(直熱3極管)で、かつては高価でしかも入手困難な事で有名でした。しかし、現在は(中国、ロシア、東欧の)多くのメーカーで互換品が製造され、それなりの品質のものが1ペア2万円くらいで入手できます。相対的にはもちろん高価ですが、20年前に数十万と言われたのと比べると、はるかに身近になっています(物価の変動もありますし)。いわば、「普通の真空管」として使えるようになっています。300Bを、伝説抜きに性能だけで見てみると、使いにくい部分もあり回路には工夫が必要だけれど、高効率で、3極管プッシュプルで30Wを簡単に得られる、他で代えがたい特性の真空管です。

少し前までは300Bプッシュプルというと、高価な部品を使って、ベテランの技術を駆使して作らなければいけない、という感じがありました。でも、高価でない部品を使って、標準的な回路でそれなりに負帰還をかけてアンプを作ると、たいへん実用的なのではないかという感じがします。出力インピーダンスはもともと低いので、10dBも負帰還をかければ、現代的な(低能率の)スピーカーを十分鳴らせるアンプになります(パワーも十分ありますし)。「実用のための300Bプッシュプル」と言うのは、古くからの真空管ファンには違和感があると思いますが、スピーカーの適応性も広く、意外な本命、という感じです。浅野勇氏の常用システムだった、というのも頷ける感じがします。

(2)小出力で楽しむ実用的シングルアンプといえば、やはり300Bシングルです。

これは、あまりに定番なのですが、300Bシングルで8W~10Wのアンプ、と言うのは、やはりシングルアンプのひとつの到達点だろうと思います。これも、大げさでない部品で作れば、特別に高価ではない実用的なアンプが作れると思います。でも、(1)に比べると、かなり趣味的なムードです。低能率のスピーカーで大音量を出すのは全く無理ですから、軽い振動系の小さなスピーカーで小音量で(ボーカルなどを)楽しむか、昔風の(大型の)高能率のスピーカーで鳴らす、という使い方になります。回路的にも、無帰還がぴったり合う感じがします。でも、やはりひとつは手元に置いて、ローサーのような軽い振動系のスピーカーにつないで使いたいアンプです。

(3)実用的なアンプの最後は、「近代的」真空管アンプです。

ここでいう、近代的真空管アンプとは、大型の多極出力管をプッシュプルにして、局所帰還を使い出力インピーダンスを下げた上で、位相補正をしっかりして十分な量の負帰還をかけて性能を整える、というタイプの真空管アンプです。マランツのModel 8B、Model 9、またマッキントッシュのMC240, MC275などが(既に古典的と言うべきでしょうが)代表的な例です。現在でも、AirTightなど、こういう正統派のアンプを作っているメーカーは少なくありません。こういうアンプは、ある意味で半導体アンプに近いのかもしれませんが、きちんと作ってあれば、大出力(50W~100W)が低い出力インピーダンスで得られて、低能率のスピーカーでも十分に鳴らせます。やはり、どうしても欲しいタイプのアンプです。

具体的な部品の選択には迷う所ですが、(性能、入手性を考えると)結局は6550/KT88か、EL34/6CA7のどちらか、という事になると思います。6550のほうがEL34より一回り大きいので、「どちらか」という事になると、6550という事になりますが、EL34も捨てがたい良さがあり、また50Wくらいは簡単に得られるので、十分な大きさでもあります。実際にどのようなアンプになるかはともかく、ひとつは手元に置いて、イギリスの現代的なスピーカーでも鳴らしたいタイプのアンプです。

(4)真空管を取り替えて遊ぶタイプのアンプの第一は、6L6~6550クラスのシングルアンプです。

これは、大ヒットしたエレキットのTU-879のような(他にもあるけど)アンプです。このアンプ・キットはいろいろな意味でよく出来ていて、「なるほど」と思わせる所が多いのですが、最大の魅力は、6L6GC、KT66、EL34/6CA7、6550/KT88を差し替えられるという事です(たぶん、KT77も大丈夫)。これらの真空管は、さらに互換の真空管が多いので、本当に様々な真空管を差して使ってみる事が出来ます。この点に関して、別に技術的に難しい事はないので、そういうアンプを作ってみる事は何でもありません(いわば、コロンブスの卵です)。キットには、いろいろな意味で妥協があるので、自分で納得いくものを作れば、かなり楽しめそうです。どの程度まで「差し替えだけで可能」とするか、「多少の調整で差し替え可能」とするかは判断に迷う所ですが、いじり甲斐はありそうです。性能的には、あまり多くを期待できませんが、真空管を取り替えて音色の違いを楽しむ、という風な、本当に気軽なアンプです。

(5)最後は(4)のプッシュプル版です。

十分な容量の電源を用意し、出力トランスに不平衡に強いものを用いて、自己バイアスで出力段を構成すれば、(4)のプッシュプル版を作るのは特に難しくありません。性能的には、これも妥協のかたまりになりますが、お遊びとしては楽しそうだし、実は一番安定した、故障しにくいアンプになるかも知れません。遊び心は(4)に譲るけれど、実用上は(3)に近い性能が出せる可能性のある、地味だけど味のあるアンプになりそうな気がします。

しかし、こうして並べてみると、趣味性の高い小型出力管(6V6、EL84/6BQ5、ECL86など)、傍熱型三極管(5998、6CK4、6G-A4など)、テレビ球(6EM7、6LU8、など)は、まったく出てきません。今でも人気のある真空管ばかりです。やはり、人気のある真空管は実用性が高いのだ、という事が実感できます。

(2007年02月10日)