2010年12月22日水曜日

真空管とSPICEで遊ぶ:12AX7の差動回路

前掲の、長真弓さんの「無線と実験」(2003年12月)の位相反転回路の記事では、差動型の位相反転回路についても取り上げられていて、6AU6と12AX7の差動回路について実験をしています。長真弓さんは、あまり差動回路は好きではないようで、「最大出力はPK分割と同じくらいしか得られないし、ゲインは低いし、出力インピーダンスは高い」と、どちらかと言うと否定的な評価をしています。

私自身は、(三極部が12AX7と同じ)6GW8の差動回路を用いたアンプの製作記事で、その性能の良さに強い印象を受けた経験もあり、12AX7の差動回路は、かなり良いのではないかと考えていました。長真弓さんの実験回路を見ると、プレート負荷抵抗は100kΩ、歪み測定時の負荷は100kΩで、実質的に50kΩの負荷で測定しています。rpが100kΩくらいある12AX7には、どう考えても重すぎる負荷ですし、定数の選び方にも工夫の余地がありそうです。そこで、TINA7で、以下のような回路でシミュレーションをしてみました。


電源電圧は250V、定電流源は1mAで、12AX7のカソード電流は0.5mA、プレート負荷抵抗は220kΩとしています。カソードバイアス電圧は、この状態で1.39V、プレートの電位は140Vとなります(プレート電圧は138.61V)。電圧ゲインは30.3dB、約33倍で、当然、差動にしない場合の半分です。歪み率の測定結果は、以下のようになりました。


驚くほどの低歪みです。入力信号の電圧振幅が1Vの時に歪み率は0.1%以下、この時の出力電圧は、実効値で23.4Vです。入力信号の振幅が2.7Vの時には、過渡解析の波形で見る限りまだクリップしていないようで、このとき歪み率は1.47%となります。バイアス電圧が1.39Vで2.7Vの入力信号が入るのはおかしい、と一見思われますが、カソードに負帰還がかかっているので、実際のグリッド入力電圧はその約半分になります。でも、グリッド電流が流れ始める領域ですから、実際に、ここまで信号が入れられるかは微妙です。このとき、出力電圧はP-Pで(なんと)167V、実効値で59V(rms)となります。もう少し現実的に、グリッド入力2Vが限界と考えて計算すると、出力電圧はP-Pで128V、実効値で約45V、このとき歪み率は0.48%となります。出力の電圧振幅が1Vの時の歪み率は0.0005%、10Vの時の歪み率は0.0093%と計算されます。ほとんど、非現実的な歪み率です。出力に比例しないのは、奇数次の成分が少なくないためです。(2次歪みも残っています。)

周波数特性については、高域のカットオフ周波数は1.28MHzとシュミレートされます。でも、これも、かなり非現実的です。例えば、信号源インピーダンスを1kΩと考えて、入力に1kΩの抵抗を入れてシミュレートすると、12AX7のミラー容量のために、カットオフ周波数は876kHzになります。また、出力インピーダンスが高いので、負荷に47pFのキャパシターを並列に入れると、カットオフ周波数は55kHzとなりました(出力インピーダンスは、61.6kΩという事になります)。周波数特性については「インピーダンス相応の減衰があるけれど、回路自体は広帯域」と考えて良さそうです。

以上のシミュレーションは、あまりにも出来すぎている感じがします。第一に、(上に書いたように)グリッド電流による入力の制限を考えていませんから、ここまで入力を(歪ませずに)入れられるかは良く分かりません。次に、真空管のマッチングの問題があります。シミュレーションでは、完全に同じ真空管の組み合わせなので、偶数次歪みの打ち消しは理想的に行われるのですが、実際はばらつきがあり、それほどうまく打ち消される訳ではありません。しかし、最近はユニットの(gmの)マッチングをした双三極管が販売されている場合もあるようですし、それなりに選別すれば良い線に行くかも知れません。定電流源については、それほどシビアではなさそうです。定電流源に並列に抵抗を入れてみても、それほど大幅には結果は変わりません。

結論としては、差動回路による位相反転は、うまく作れば、かなり低歪み、高出力電圧が望める回路のように思われます。12AX7では、高出力電圧を望むのは虫がよすぎるかも知れませんが、出力20Vrms程度までは、問題なく低歪みのドライブが出来そうです。出力管ドライバーとしては、他の真空管も試してみたいと思います。