2010年12月23日木曜日

真空管とSPICEで遊ぶ:6FQ7の差動回路

出力管のドライバーとして代表的な真空管は、やはり6FQ7/6CG7/6SN7でしょう。マランツ#7でも、カソード結合でドライバー管として用いられている訳ですが、差動回路でどのような性能を示すのか、12AX7に続いて、シミュレーションをしてみました。回路は以下のようなものを用いました。


定電流源は5mAですから、各6FQ7のカソード電流は2.5mAになります。電源電圧は、前回までと同様に250V、プレート負荷抵抗は47kΩとしたので、プレート電圧は132.5Vになります。このとき、カソード電圧は4.85Vになりました。したがって、実効プレート電圧は127.65Vという事になります。 出力の負荷抵抗は100kΩですから、わりと重めの負荷という事になります。この定数で、増幅率は約7倍、16.9dBとなりました。歪み率は、以下のグラフのようになります。
 

点線は、負荷抵抗を1MΩとした時の特性で、やはり歪みは低下しますし、それは出力電圧が大きい時に顕著です。きれいな一直線の歪み率ですが、絶対値は低く、やはり差動回路は低歪みである事が分かります。最大出力電圧については、過渡解析で波形を見ても、10Vまでの範囲ではクリップは確認できません。入力振幅10Vのときの歪み率は1.17%となりますが、このとき、グリッドは正の領域に振り込んでいます(4.85×2=9.7Vでグリッドは0電位となります)。実際は、グリッド電流の制限で、ここまでは振れません(シミュレーションは、意味を持ちません)。グリッド電流が流れない安全な入力電圧として、(控えめに)8Vを最大入力電圧の目安とすると、この時の歪み率は0.62%、出力電圧はP-Pで109V、実効値で38.7Vrmsとなります。重い負荷と低い電源電圧の割には、高い出力が得られています。低レベルでの歪み率は、出力の振幅1Vのとき0.0047%、10Vのとき0.048%と、十分に低歪みです(超低歪みな12AX7の差動回路の場合よりは、5倍〜10倍大きい歪み率ですが、PK分割の回路よりは、一桁低くなります)。

この歪み率のグラフを見ると、入力1Vくらいまでは、ほぼ入力電圧に歪み率は比例しています。という事は、2次歪みがほとんどである事が推測されますが、実際にそうなっています。 「差動回路では2次歪みは打ち消されるはずではないか?」と思われるので、不思議な気がします。でも実際には、差動回路でも入力はバランスしていないので、実際には、上側のユニットと下側のユニットの動作点は、グリッド入力電圧の分だけバランスが崩れています。12AX7のような高μの真空管ではグリッド入力が小さいので影響は少ない訳ですが、6FQ7のような中μの真空管ではこの動作点の違いが無視できず、歪みの主要部分は、このアンバランスから来ているようです。中μの真空管の差動回路でさらに低歪みを追求するには、信号もバランスして入力する必要がある事が分かります。実際に、上下の6FQ7のグリッドに逆相の入力を入れて測定すると、2次の歪みはほとんど打ち消されて、振幅±1Vの入力のとき0.0036%の歪み率が得られます(入力電圧を合わせると約1/10、出力電圧を合わせると約1/20になります)。森川忠勇氏がよく用いている2段差動回路には、歪みの上のメリットがある事が分かります。また、武末数馬氏の「完全バランス・アンプ」において、入力トランスを用いて超低歪み率を実現していたのも、差動回路ではそこまで低歪みにならない、という事だったのかも知れません。

周波数特性は、以下のようなシミュレーション結果になります。

高域(200KHz以上)で、上下の出力のバランスが崩れています。これは、G-K容量の影響で、高域で上側の6FQ7のカソード出力が上昇するためのようです。定電流源に並列に、8pFのキャパシターを加えると、ほぼ完全にバランスが取れます。上のグラフの状態で、上側のカットオフ周波数が約3.9MHz、下側が4.6MHzです。8pFのキャパシターでバランスを取ると、両チャンネルとも、カットオフ周波数は4.2MHzになります。何れにせよ、実装した回路では分布容量などで見えないレベルと思います。例えば、出力の両方に47pFのキャパシターを負荷すると、カットオフ周波数は340KHzに、100pFで166KHzになります。この辺が現実的な状況でしょう。出力インピーダンスは、おおむね10KΩと推定されます。

6FQ7は古典的な真空管ですが、差動回路で用いると、低歪みで比較的強力なドライブ段となる事が分かります。