2010年12月18日土曜日

真空管とSPICEで遊ぶ:7247によるPK分割回路のシミュレーション

SPICEと言えば、バークレイで開発されたアナログ回路シミュレーターな訳ですが、SPICEで真空管アンプを解析、設計するというのは、一部では盛んに行われているようです。この手の情報サイトとしては、Duncan Ampなどが有名と思いますが、日本では中林歩さんが多くの真空管のモデルを作成して、活発に活動しているようです。中林さんは、「真空管アンプの「しくみ」と基本」」という本を出版されていて、そこにはTINA7という商用のSPICEパッケージの、真空管関係の部品のモデルが組み込まれた機能限定版が付録で付いています(SPICE自身はフリーですが、これ自体はFortranのコードなので、使いやすいようにフロントエンドを組み合わせたソフトが、フリー、あるいは商用でいろいろ出ています。有名なのは、商用ではPSpice、無料ではLTSpiceでしょうか)。最近買って、試し始めたのですが、結構楽しめます。回路規模の限定が厳しくて、真空管2本でトランスなし、というくらいの回路までしかシミュレートできません。アンプのシミュレーションをして設計しよう、という場合には、フリーで機能限定の無いLTSpiceに部品のモデルを組み込むなどするのが、現実的でしょう(フル機能版のSPICEパッケージは、どれも個人で買うにはためらう価格です)。

上に書いたように、回路規模の限定が厳しいのですが、小さな回路でも、真空管回路の実験が気軽にできるので、動作の解析をするには、かなり有用と思います。真空管アンプの設計において悩ましい(あるいは面白い)題材として、プッシュプル・アンプの位相反転回路があります。いろいろな回路が提案されているのですが、裏を返せば、どれも一長一短という事のようです。「無線と実験」の2003年12月号に、長真弓さんが、位相反転回路について実験・測定をした、とても興味深い記事を書かれています。何種類もの位相反転回路を組み立て実験結果を載せられているのですが、上記のTINA7で、その中の6FQ7と12AX7を用いたPK分割回路のシミュレーションをしてみました。1、2割はズレるのですが、おおむね合致しており、割合と正確に真空管の特性をシミュレートできているようで、感心しました。

長真弓さんの試した回路は、増幅段と位相反転段の両方に6FQ7、あるいは12AX7を用いた回路なのですが、電圧増幅段に12AX7、位相反転段に6FQ7を用いると、高い増幅率と、高い出力電圧が得られて、けっこう良さそうに見えます。実際上は、12AX7と6FQ7を1ユニットずつ組み合わせるのは、やや使いにくいのですが、12AX7のユニットと、6FQ7に似た特性の12AU7のユニットを組み合わせた、7247(あるいは12DW7、ECC832)という真空管があります。7247は、あまり一般的な真空管ではないようですが、現在でもスロバキアのJJで生産されています。12AU7は6FQ7に比べると非力で、直線性も良くないのですが、強力に負帰還の掛かった回路ですし、定数を少し工夫すれば、12AU7でも高い出力電圧が得られるはずです。という事で、7247によるPK分割位相反転回路でどのくらいの性能が得られるのか、試してみる事にしました。試行錯誤で定数を決定して、以下のような回路でシミュレーションをしました。電源電圧は250Vです。

結局、6FQ7を位相反転段に用いた場合の回路から定数を変更したのは、カソード抵抗だけです。これで、歪率を測定してみました。測定周波数は、1kHzです。(歪率測定は、自動的にステップ測定は出来ないようなので、電圧ごとにフーリエ解析で歪率を測定し、手でデータを入力して別のソフトでグラフを書かせました。それなりに手間のかかる作業です。)


横軸は入力信号ですが、実効値ではなくて振幅ですから、実効値(rms)にするには、1.41で割る必要があります。増幅率は約53倍、34.5dBです。このグラフからも読み取れるように、出力がクリップするのは入力が約800mVの時で、出力はP-P(peak to peak)で約86V、実効値でだいたい30Vの出力が得られます(過渡解析を用いて、波形から確認できます)。 このとき歪率は2%、ほとんどが2次の高調波で、初段の12AX7で発生している事が伺えます。クリップするまでの歪率がほとんど2次の高調波な事は、歪率がほぼ入力レベルに比例している事からも分かります(3次高調波は、おおむね入力レベルの2乗に比例するはずですから、両対数グラフでは傾きが変わります)。初段の定数を工夫すればもっと歪みを減らせるかも知れませんが、このままでも、けっこう悪くないように思われます。

周波数特性は、簡単にシミュレートできて、以下のようなグラフが得られます。とは言っても、低域は出力段の時定数で決まり、高域の低下は位相反転段の入力容量によるものだけしか反映されていません。このグラフ上でのカットオフ周波数(-3dBポイント)は440kHzくらいです。かなり広帯域に見えますが、実際には、出力管の入力容量、そして出力トランスによる高域の低下がもっと影響が大きいはずです。(シミュレーションをしようとしても、お試し版のTINA7では機能制限に引っかかって、出来ません。)


 この回路が、このままで実用になるかは良く分かりませんが、シミュレーション上は、6BQ5や6V6のプッシュプル出力段はもちろん、6CA7や6L6-GCでも十分ドライブできそうに見えます。実際の回路では、電源電圧ももっと高くできますし。

初段を5極管にしたAltec型の回路ではどうなるかなど、この規模のシミュレーションでも、いろいろ遊べそうです。(12/19に歪み率のグラフを差し替えました。)